handicraft森の樹の日常をなんとなく。木工のお話も。


by morinoki8
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カテゴリ:アート( 2 )

春の祭典・沖展開幕

今日は、春の甲子園が開幕し、第1試合で故郷の倉敷工業高校が、延長にて激しい打撃線を制しました。これから2週間のスポーツの春の祭典の始まりです。

こちら沖縄では、美術と工芸の春の祭典・第61回沖展が明日3/22日より開催されます(~4月5日)。場所は例年どおり浦添体育館。

さて、美術・工芸の県内最大のお祭りである沖展ですが、なぜか木工部門がない!なんでや!なので、木工の諸先輩方は、漆芸部門に木漆を出品されてきたようです。摺漆や溜塗りで。

私、漆芸部門に出品するほどの技量はなし(というか、この場合摺漆でいいのか、とも思う)。ということで3、4年前から、「しゃあない、ほなら彫刻部門で出したろやないかい!」と思いつづけて、構想を練ること幾星霜(たった3、4年だってば)。

昨年12月、思わぬことで仕事が暇になったので、チャンス!この時間で作ってしまえ!とばかり、頭の中の形を、現実の形へと出力したのでありました。


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題して「海辺の生き物vol.1~ナマコの胎児~」

そして無事入選致しました。24出品中9作品入選の内のひとつですから、素直に嬉しい。

え?分けわかんない?
タイトルが変?

はいはいはい。そうなのです。とても高尚なコンテポラリー・アートなものですから。わはは。
ってほんとのことを言えば、作者自身がわからないのだから、分からないのは当たり前。
でもでも、3年前からこの形であり、このタイトルだったのです。制作の過程で考えたのは台座の構成のみ。これは、現場の材料の都合で決まりました。それ以外は、もうこれしかない形とタイトル。

また、造型についてもタイトルについても説明はいくらでも出来ます。政治的なメッセージも、文明批判メッセージも、いろいろなメッセージはこめられています。でも、それを説明してもつまらないので、とりあえず生のまま投げ出しておこうと思います。

ただ、ひとつだけいえば、エリック・サティのピアノ曲「干からびた胎児」へのオマージュであることだけは言っておこうかな。ピアノ曲の印象とは違いますけどね。

ちなみにサティの「干からびた胎児」はこんな感じ。

”無知な人はこれを「海のキュウリ」(ナマコの俗名)と呼ぶ。ナマコはふだんは石や岩場をよじのぼる。この海の動物は猫のようにゴロゴロ喉を鳴らす。その上、むかつくような糸を紡ぎ出す。光の作用はナマコを不快にさせるようだ。私はサンマロ湾で一匹のナマコを観察した。”

曲中の指示:
”朝出掛けると 雨が降っている
 太陽は雲の中 かなり寒い
 けっこう!
 ちょっとゴロゴロ なんてきれいな岩だ!
 生きてるっていいこと
 歯が痛い夜鳴き鷲みたいに
 
 夜帰る時 雨が降っている
 太陽はもう沈んでいる
 太陽が戻ってこないのなら かなり寒い
 けっこう!
 ちょっとゴロゴロしなくちゃ きれいな岩!べたべたして!
 笑わせないで 海藻の端が私をくすぐる
 煙草は持ってない さいわい私は煙草を喫わないから
 あなたのためにはいいこと”

(出典:音楽之友社、サティピアノ作品集)

音楽はどんなかって?それはCDでお聞きください。ふざけた、でもなんとなく可愛い曲です。

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さてさて、彫刻を作ろうと決めたときから、とりあえずコイツを作ることしか思い浮かびませんでしたが、こうやって一つ作ると、あらあら不思議、次から次へとイメージが湧いてきました。ほんとに不思議。尊敬する作家や学者の先生達が、考える前にとにかく数を作れ!という意味がよく分かります。どうも脳みその構造と機能の問題みたいですね。

椅子の彫刻シリーズ(彫刻の入った椅子ではなく、彫刻風の椅子でもなく、あくまで椅子の彫刻です。もちろんテーブルでも箪笥も可)も随分とスケッチが浮かびましたが、とりあえずは海辺の生き物シリーズを作ろうと思います。一年に一作づつですからゆっくりのんびり。次は多分「跳躍するエダサンゴ」だろうと思います(ほんまか?)。ではでは、また一年後にまたお会い致しましょう(注:もりもり日記は1年後じゃなく、常時更新します!)。
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by morinoki8 | 2009-03-21 21:46 | アート
さてさて、お客様からの便り第2弾は、「厳しい!」編。
今回のお客様は、口と足で描く芸術家協会正会員でもあり、歌人でもある森田真千子さん。

HPでふくろう時計を見つけていただき、ご注文いただきました。
画家の方からのオーダーということで、少し緊張して製作していたつもりでもあったし、出来栄えも悪くない、と思っていたのですが・・・。

HPからのオーダーの方とは直接会って評価を伺うことができませんので、いつも納品時にお客さんのご感想をおねだりしています。

というわけで、森田さんよりメールが届きました。

> 率直な意見とおっしゃるので書かせて頂きます。
> 気にいっているんですが、傾きが足りないなと思ったのと、
> 寝ているところを注文させて頂いたはずですが、
> 寝ていないんですが、 意図があってのことなのでしょうか?
> それと尻尾部分が大きすぎると思いました。
> 正直な答えです。

うわー!厳しい。しかもオーダーの内容を僕が間違えている!!
ごめんなさい。すいません。ということで、早速お詫びのメールと、作り直す旨お伝えしました。

その返事も直ちにいただきました。

>厳しいことを書いてごめんなさい。
>でもあそこまでつくられる作家さんとして
>もっともっと新しい挑戦をし続けて頂きたいんです。
>それが出来る方だと思ったからです。

(中略)

>期日は、佐藤さんの納得がいったものが出来た時としておいてください。全く急ぎません。

(中略)

良い商品でもあり良い作品となることを願っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、とても優しく暖かいご返事をいただいたのですが、僕の悩みはここから始まりました。
それは、まだ、上手く文章で書くことができないことで、そのため、この記事もなかなか書けませんでした。
それは、職人と作家、工芸と芸術、作り手と使い手(受け手)にかかわる問題です。

僕の納得とお客さんの納得、商品と作品・・・。
良い商品でもありよい作品でもあること。

うーん、森田さんの意図とは別なのかもしれませんが、これは難題です。
どこに軸足を置けばいいのか?随分悩みました。

ふくろうの時計は僕のオリジナルですし、他にはないものですから作家物といってもいいでしょう(作るのが難しい、という意味ではありません。他の人が作ったら他のものになる、という意味で僕のオリジナルです)。でも、普段の制作は、いつも書いているように「自動ふくろう制作マシン」と自身が化しています。手の動きに任せています。ひとつひとつ自己の表現として作っているものではありません。

また、オーダーで作る場合は特にお客さんの要望を満たすことを第一義としています。なので、実際の制作作業は職人仕事です。

とまあ、こういうことを書いているように、結局は今の仕事の延長上で、ひとつのフクロウ時計を一生懸命作るほかなく、そうしました。

この間、ずいぶん昔にお客さんからいただいた別の手紙のことも思い出していました。
その手紙は、僕がまだ木工屋として一本立ちする前に、アマチュアの手作り展に出した最初のフクロウ時計を買われた方が、その3年後くらいに別の展示会でフクロウ時計を見かけ、書いてくださったものです。この方が買われた最初のふくろう時計は、今の僕には正視できないような出来です。その手紙には次のようなことが書かれていました

「展示会を拝見しました。仕上がりもきれいになって、技術が上がったことは一目で分かりましたが、僕にはこの今のふくろうには興味が持てません。僕が買ったふくろうは下手ですが、なにかパワーがあります。作り手のパワーが伝わってくるものが僕の求めているものです。」

これには参りました。作り手はだれでもそうなのだと思いますが、始めた頃の一番のテーマは技術の向上です。技術の向上がなければ創作/制作の自由を得ることが出来ません。でもその技術の向上を否定されたならば(この方はそれを否定されたのではないと今では思いますが)、当時の僕はなす術がありませんでした。なんとか返事を書こうと思い、ずっとその手紙を持ち歩いていたのですが、どうにもそれが果たせないまま奥様から訃報が届きました。
返事を書けなかった慙愧の念とともにこの手紙のことが忘れられません。

あるとき、昔の写真の整理をしていたときに、またべつのものですが、初期のフクロウ時計の写真が出てきました。やはり下手糞だし、デッサンはでたらめだし、奇怪そのものなのですが、「おおっ!」と自分で驚くくらいモノから出てくる力があったのです。「力」というよりは「臭い」かもしれません。「なんか臭うね・・・」みたいな感じ。
この写真を見て、前述の手紙の内容が少し分かりました。いま、それを忘れないように工房の壁にこの写真を貼っています。

さてさて、いつものように話があっちこっちし、また長ったらしい文章になってしまいました。

森田さんとは、その後もメールのやりとりをしていただき、森田さんの優しさと誠実さに甘えてしまい、次第に僕の悩み相談みたいなかたちになってしまいました。恥ずかしい。

その再納品後、

(前略)
>その時々によって(時期・時代によって)変わるのが「芸術」のよさだと思っています。
>佐藤さんの作品に「芸術」をみたんです。
>他にもネットでいくつかの木のふくろうはみていましたが、
>温かみが感じられなかったのと、飽きがくるように他のものでは感じたんです。
>佐藤さんのには、温かさを感じ、これからの木の変化を楽しみたいと思っています。

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>こんな感じになりましたよ。
>ホッとするような部屋になりました。

というメールもいただきました。
結果として随分、お客様である森田さんに甘えてしまったようです。
修行が足りません。精進します。はい。
森田さん、いろいろとありがとうございました。

森田さんのHPはこちら。ご覧下さい。
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by morinoki8 | 2008-04-26 17:31 | アート